いらだちへの対処
伝道者の書7:9
「軽々しく心をいらだててはならない。いらだちは愚かな者の胸にとどまるから。」
この「いらだち」は、ヘブル語の「カアス」。
憤激で煮えたぎるような怒り、いらだち、悲嘆を表すそうです。
少しイライラする、というようなものではないらしい。
愚かと分かってはいても、どうにもおさまらない心の波風、いらだちをもてあますことがあります。
どうすればよいでしょうか。
子どもが与えられないハンナの悩み、いらだち、苦しみを表すのにもこのことばが使われています。
(1サムエル1:6、16)
ハンナは心を注ぎ出して祈りました。
「私はつのる憂いといらだちのため、今まで祈っていたのです」(1:16)
そして、
「彼女の顔はもはや以前のようではなかった」(1:18)というブレイクが起きます。
心を注ぎ出して・・・
詩篇42:4 「私はあの事などを思い起こし、私の前で心を注ぎ出しています。」
これも同じですが、この「注ぐ」ということばは、旧約聖書では血を流す、ささげものとして血を注ぐ、という時に使われることが多いようです。
ほんとうにつらい時は、いのちをかけ、血を注ぎ出して、ささげる思いで祈るのが一番なのでしょう。
- 身を低くする
- 弱り果ててはならない