貧しい者
教会で一緒に通読しているところは、伝道者の書に入りました。
5章~6章には、富と貧しさについての考察があります。
現代日本の社会を見ても、国際的な格差を見ても、まさに「身につまされる」思いがします。
新約聖書で「貧しい」という意味を表すのに圧倒的に多く使われるのは「プトーコス」。
極貧、赤貧、何もない、どうしようもないほどの貧困を指す、と聞きます。
「心の貧しい者は幸いです」(マタイ5:3)が、これです。
普通考えがちなように、単に高慢なところがなく謙遜だというのではなくて、行き詰まり、希望も、生きる気力もなくしたという状態ではないかと思います。
それをイエスさまは、「幸いだ!」と言われます。
「天の御国はその人たちのものだから。」
信仰を持つ、というとき、自分がどれだけその心の貧しさを自覚したか、しているか、そのことが生き方を決めているように思います。
伝道者の書に書かれる富と貧しさは、私たちの現実に違いありませんが、実はプトーコスな危機的状況に目を開かれ、天の御国を手に入れたいものです。
- オルパとルツ
- 敵をも和らがせる